無題

タイトルとか考えるのが恥ずかしい

社会性を手放す勇気

 

むかしむかしあるところの奇人が「人間は社会的動物である」なんて謳ったせいで、周りのアホが「あ、俺たち社会的動物なんだ、社会的に生きなきゃ」なんて錯覚を起こした。まあ、いい。その結果今こうして豊かに暮らしている。許してつかわす。

 

しかしだ。この社会的な生き方、というのが非常に難儀。かつて俺らのご先祖様が行っていた、食う、寝る、セックスする、のシンプルイズベストな生活とはかけ離れており、非常に固苦しい生き方だ。規則なり価値観というのを持ち出し、それらで自身を拘束する。社会人の根底に潜んでいるのはマゾヒズムだ。

 

若いうちに苦労しろ、とか、失敗は多い方が良い、なんてとても通常の心理とは思えない。考え直せ、人間は社会的動物であるまえに、まずはヒトという動物なのだ。自ら進んで苦渋を舐める動物をお前は知ってるか?苦労もしたくねーし失敗はなるべく避けてえよバカ、死ぬまで苦労と失敗繰り返せ。

 

社会というものは、集団に属す全員がその社会性をもってふさわしい行動をとることで調和が保たれる。そのふさわしい行動というのは、働くことであったり、勉強することであったり、お前らが望まないことばかりだ。俺から言わせればお前らたった一回の人生を我慢大会してるように見えるね。

 

己の欲望に忠実に、つまり社会的動物としてでなく、ヒトとして生きる道を選んだ者はなんだか見ていて楽しそうだ。嫌なことから逃げ続け、社会的立場はゼロで迫害される彼らだが、酒なりタバコなり、ギャンブルの力を借りてストレスフリー生きてやがる。お前らがそいつらを見て嫌悪感を催すのは、そいつらが社会の調和を乱す人間だからじゃなく、それは妬み嫉みからくるものだ。

 

まともな判断基準を持った君たちは、苦しいながらもそれなりに生きがいを感じる道を歩む反面、彼らの一度きりの人生をマイノリティーに属して生きれる決断力、悪く言えば愚かさがうらやましいのだ。人間無いものねだりだ、しゃーねえ。多分そいつらも糞みたいな、ただ消費する生活の中で君たちのような真っ当な生活を喉から手が出る程欲しがってるよ。

 

俺みたいな自分の怠惰さに気づきつつも、諸君と同じく我慢大会に参加してるような人間は、彼らのようにたった一度の人生を、普通という枠から外れて生きれる人間がうらやましい。社会性を手放す勇気が欲しい。

 

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