無題

タイトルとか考えるのが恥ずかしい

フィクションが人をダメにする

 

フィクションかお好きだろうか?

フィクションというものはストレス社会に生きる現代人が生み出した理想の集大成であり、一時的な現実逃避を補助する役割を担っている。

よく考えれば、我々はフィクションに囲まれて生活している。

あなたが聴いている音楽だって歌詞を今1度吟味してみれば、到底自分の身には起こり得ない事柄が歌われている。

願うならば別れる前の2人に戻るより出会う前の2人に戻して、と心から願うほど人を愛した経験、あるかい?会いたくて震えた経験、あるかい?

家に帰ってテレビをつければドラマが放送しているし、本屋に行けば雑誌が所狭しと陳列している。

ドラマにはこれでもかと美男美女が登場するし、雑誌を見てもモデルは常に美男美女。

自分の身の回りに雑誌、ドラマに登場しても馴染んでしまうような美男美女はいねぇだろ。いてもせいぜい2、3人が限度。

広告だってフィクションだ。メニューを見て美味しそうと思って頼んだ商品が、思ったよりショボい。そんな経験あるだろう。

購買意欲を刺激するためには最大限の加工を駆使して美味しく見せないといけない。

しかし最大限に加工を駆使したものなんて、もはやフィクションじゃないだろうか?

 

我々はフィクションに囲まれて生活しているうちに、こんなのは夢物語だという感覚を失い、ドラマのような恋がしたい、あんなオシャレな日々を過ごしたい、と夢を見てしまっている。

しかし残念なことに、食パンを咥えて走っていても曲がり角でぶつかることはないし、ぶつかったとしてもきっとおっさん。運命の人なわけがあるはずがない。

しかしフィクションによって洗脳された我々は、それこそがロマンチックだと考え、夢見がちになってしまう。

作られた作品に自己投影して没頭しているうちは、言われもない満足感、高揚感に包まれるが、いざ現実に帰ってみれば嗚呼無情。

オシャレなインテリアに包まれた家?よく見ろお前の家は生活感を優先してオシャレが排除された家だろ。

言われもない喪失感を覚えた君は、現実から目を背けようとフィクションに逃げる。

わかるな?これは負のスパイラルだ。

強く生きてほしい。フィクションに負けるな。

 

それじゃあ。

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