無題

タイトルとか考えるのが恥ずかしい

傘に対する不満

 

「雨男」「雨女」っていう言葉はよく言ったもんで、何の科学的根拠もないんだが、実際に外に出たらやっぱり雨が降る、なんていう人は少なくないだろう。

幽霊や宇宙人といった、定義だけが一人歩きしているオカルト的なものは一切信用しない俺だが、雨男というジンクスだけは信じている。

何故ならそれは俺が雨男だからだ。

 

「雨、やんだよ。」

 

「そっか、なら傘はいらないね。」

 

なんて言って外に出たら、雨。

そんな雨男の俺には傘というアイテムが必需品。気持ち的には常に携帯していたい次第。

 

話は変わるが、現代において科学技術というものは日進月歩の勢いで発展していて、今では映像が立体的に見れることもできるし、まさに今君たちが持っている携帯でできないことはほぼないのではないだろうか。

 

それほどまでに快適に生きることができる現状、どうして傘というものはあれほど古典的な姿のままなのだろう。

 

大雨の日に傘をさして歩いていても、靴やズボンの裾までは雨風を凌ぐことができず、濡れてしまう。

傘の形を思い浮かべてみよう。上半身しか雨風から凌げない形状をしているだろう。

傘の改善点はこれだけじゃない。雨がやんだとき、傘はもはやその役割をなくしただの棒きれに成り下がる。その上、俺達の片手を埋めるという配慮のなさ。

折りたたみ傘という、持ち運びの点を改善した傘もあるが、コンパクトになることを重視した末に、傘の範囲は狭くなり雨風から凌ぐという本質を損ねてしまっている。

 

繰り返すが、携帯ひとつで起業してお金を稼げるこんなにも便利な時代、何故傘の時間だけは止まっているのか。

映像が立体的に見れる技術作るなら、まずは雨から全身守れる持ち運びも楽な商品開発しようぜ。

 

雨男、雨女に優しい時代を。

 

それじゃあ。

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