無題

タイトルとか考えるのが恥ずかしい

とにかく長い記事

 

以前「18歳学生、この歳にして文章が書けない」という記事を書いた。読み手への配慮と自分の文を書く楽しさの折り合いがつけれずうまく書けないというものだった。

例えば、普段僕は文章を書くとき、何か書けそうなネタが思いついたとき、「このフレーズは絶対使いたい」という時がある。気に入ったフレーズを使うがためだけの文章を考えることだってある。

そういった感じで僕には僕なりの文章に対する「こだわり」のようなものがある。どっちを使っても意味が変わらないような言葉にしても、「いやこっちがいい!」なんて具合だ。だから少し難しい言葉を使うとき「みんながみんなこの言葉知ってるとは限らないから括弧をつけて補足しようかな…。いやでもそれだと見栄えが悪いし…。この言葉に置き換えれるけどそれは嫌だ!」なんていう風な葛藤に陥るときがある。

僕はあくまでも自分の楽しみとして文章を書いていて、そのうえで誰かが読んでくれて「おもしろいね」なんてふうに言ってくれると幸いだなというスタンスである。

しかしやっぱり文を書いていて人気な人を見ると嫉妬してしまう。今では携帯やパソコンから誰でも公に自分の文章を公開できる機会があり、やはりおもしろい文章を書く人は人気だ。僕は読むのも書くのも好きなので、普段から知らない人のブログを読んでいたりする。とにかくおもしろい文章を書く人が羨ましい。文章を書くだけでTwitterのフォロワー8000?羨ましい!!

おもしろい人はすごい、他愛ないテーマでも長い文章が書けるしそれでいて飽きさせないくらいおもしろい。長く感じさせないと言ってもいい。ワードセンスもずば抜けているし本当に羨ましい。

僕はよく自分の文章を見返すことがあるが読む度に思わず非公開、削除してしまいたくなる。「なんだ、このおもしろくもなんともないダラダラした文章は!」なんて具合に。ここまで読んでくれている方達には申し訳ないがお察しの通りこれはただの愚痴である。

自分の才能のなさに憤慨し他人の非凡さに渇望している。僕にも近くに新しくコンビニができた些細な出来事を面白おかしく書ける文才が欲しい。

 

あ、そうそう。文才と言えば。最近星野源の本を買った。最近大人気のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で多くの男性から妬まれているあの星野源。彼は音楽でも売れていて、そのうえ俳優もこなし、更には文章まで書くのだ。「なんて生意気なやつだ!」と、半ば怒りを覚えながら購入した。率直に言うととてもおもしろかった。彼の素朴さというか人柄が見えるような他愛ないテーマのエッセイでそれが尚更おもしろかった。誰だ、天は二物を与えずなんて言ったやつ。星野源三物くらい持ってるぞ。いや、一部の女子に人気のルックスも含めると四物か。クソッ、癇に障る奴だ。でも俺大好きだーあの人。

 

またおもしろくもなく、ただ長いだけの文章を書いてしまっている。自分に嫌気がさす。でも僕だっておもしろい文章を書けるように目指して頑張ってはいるんだよ。あまり使わないような表現なり書き方を試してみるために記事を更新することだってあるし。いつかこの努力が結ばれてこのブログをきっかけにTwitterのフォロワー10000人とかいってくれないかな。そんな日が来るといいな。精進します。

 

それじゃあ。

Twitter https://twitter.com/rfordldd