忘れないように

単に記憶力が著しく悪いのか、それとも他に何か原因があるかわからないけれど、年々忘れてしまうことが増えています。その時を生きていた俺が死んでいるような、もう二度と手に入らないものがこぼれ落ちていってるような、そんな気がしてもうこれ以上失いたくないので、日々を書き留めたい気持ちがこのブログです。

Each end point

 

    目が覚めると、そこは電車の中だった。

 

    窓から射し込んだ光で、車内は黄色くて、暖かかった。周りにはちらほらと人が乗っている。

 

    そういえば、僕はいつから電車に乗ってたんだっけな。それに、これは何処へ向かってるんだろう。

 

    まあでも、どこか適当なところで降りればいいか。

 

    僕は窓の外に目をやり、流れる景色を見ていることにした。

 

なんだか、懐かしいな。

 

    子供の頃はよくこうして、いつも窓の外を見ていた。まだ小さかったから、座席に靴のまま登ろうとしてよく父さんに怒られたな。

 

    思えば、いつから窓の外を見なくなったんだろう。

 

    最近までそうしていたような気もするし、随分前にしなくなったような気もする。

 

    そんなことを考えていると、電車はトンネルに入ったので、僕は少し横に向けていた体を正面へと向き直す。

 

    すると、前に座る男と目が合った。

 

    男はニッコリと笑って会釈してきたので、僕もとりあえず少し笑って会釈した。そして聞いてみた。

 

    「あの、これ、どこに向かってるんでしょうか。」

 

    「さあねえ、それは私にもわからないけど、きっといいところだよ。」

 

    「そうですか…」

 

    男もわからないと言うので、僕もそれ以上は聞かなかった。

 

    そのまま少し沈黙が続いて、なんだか気まずくなってきた時、トンネルを抜けた。

 

    僕は先程よりも体を横に向け、再び窓の外を見た。

 

    そこには長閑な田園風景が広がっていて、その中を小さな子たちが駆け回っている。

 

    自分の実家も丁度こんな風な田舎で、見てると自分の少年時代を思い出して、微笑ましい。

 

    しばらく眺めていると、今度は制服に身を包んだ学生たちがちらほら見えてきた。

 

    まるでこの電車は時間という線路を進んでるみたいだ。電車が進むにつれ、窓の外の人々が子供から大人になっていく。

 

    来た方へ目をやると、まだ遠くに小さな子たちが見えるし、進行方向を見ると遠くにスーツや振袖を着た集団が見える。

 

あれは成人式かな。

 

    あの人、少し僕に似てるな。どことなく面影があるというか。でも、僕ってあんなに若かったかな。いや、あんなに大人だったかな。

 

    そんなことを考えていると、緩やかに電車が停車した。

 

    ドアが開くと、先程の前の男が立ち上がった。

 

    「ほうら、やっぱりいいところだったよ。」

 

    「と言うと、何がです?」

 

    「ここが終点だから。」

 

    それを聞いて、慌てて立ち上がって降りようとした僕に、男はこう続ける。

 

    「あ、いや。君はまだまだ先があるよ。でも、私にはここが終点だから。それでは、さようなら。」

 

    そう言って、男は降りていった。

 

    男が言っていることがよくわからず、僕はぽかんとしていると、ドアが締まり、電車はまたゆっくり進み始めた。

 

    とにかく、電車が進みだしたことから、どうやらさっきのところが終点じゃないようなので、僕は再び窓の外を眺めながら、電車に揺られていた。

 

    長い間、窓から流れる景色をを見ていると、だんだんさっきの男が言っていたことがわかってきた。

 

    なんだ、そういうことだったのか。

 

    その後、僕は降りていく乗客に深く会釈して見送っていると、いつからか斜め向かいに座っていた男が聞いてきた。

 

    「これ、どこに向かってるか知ってます?」

 

    僕は答えた。

 

    「さあ、僕にもさっぱり。でもきっといいところに着くよ。」

 

    そう言ってすぐ、電車がゆっくりと止まった。

 

    「ほら、やっぱりいいところだった。」

 

    そう言って、僕は電車を降りた。