忘れないように

単に記憶力が著しく悪いのか、それとも他に何か原因があるかわからないけれど、年々忘れてしまうことが増えています。その時を生きていた俺が死んでいるような、もう二度と手に入らないものがこぼれ落ちていってるような、そんな気がしてもうこれ以上失いたくないので、日々を書き留めたい気持ちがこのブログです。

フィクションにリアリズムを求めるのは無粋だけど

 

    なんか世間ではバッドエンドを迎えるドラマとか映画とか本とか漫画とか、とにかくそういうフィクションの類はあまり好まれないように感じる。俺は好きなんだけどなあ。

 

    確かにバッドエンド作品が好まれない気持ちはわからんでもない。例えば、そうだな、1話で全国大会優勝っていう目標を掲げて始まるスポコン漫画があったとしよう。その後のストーリーは血の滲むような努力して、他の全国大会優勝を目指すやつらにも勝って、そいつらの思いも背負ってついに決勝戦。もしここで負けて惜しくも準優勝で終わる作品はどうだろう。後味悪いよね。今までの努力は?倒してきた相手が託してくれた思いは?そう思うのが自然。

    やっぱりここで負けて終わるような作品はあまりない。でも俺はここで負けて終わるような作品が好きだ。だってリアルだから。フィクションはやっぱりフィクションだし、そこにリアリズムなんて要らない。むしろリアリズムがないからフィクションなんだ。現実では努力とか思いだけでなんとかなることなんて滅多にないし、だからこそフィクションでは努力とか思いでなんとかなる物語を描く。

 

    俺は別にハッピーエンドが嫌いなわけではない。ただそういう結末で終わる作品が多すぎて、何か新しい作品に触れるとき先に結末が少し見えてしまう。さっきの例に出してたスポコン漫画でも、1話で全国大会優勝を掲げた時点で、最後は優勝するんだろうなとか思ってしまう。俺はそういう予想を裏切られたい。作者の、お前が思い描いた通りには終わってやらねえぞ、っていう意志を感じたい。騙されたい。

 

    一つ好きな映画、それもバッドエンドで終わる映画の話をします。

    映画、「藁の楯」。簡単に言うと、殺人犯を守るために罪のない人間が死んだり、人が金に目が眩む様を描く物語。気になる人は、「藁の楯 あらすじ ネタバレ」とかでググりましょう。俺がそれをここで書くことは、長くなるのでしません。オチがめちゃくちゃ胸糞悪い映画なんだけど(公開後地上波で放送された時に確かオチがカットされていた)、でもちゃんと見ると主人公の大沢たかおが自分の信念を貫いたりとかしてて、全体的には物語は丸く収まっている。

    どんな胸糞悪い映画もバッドエンドの映画も、物語自体は丸く収まってたりするものが多い。でも俺はもっと胸糞悪くて、後味も悪くて、結末も悪い作品があってもいいと思うんだけどなあ。

 

    やるならここまでやればいいのになって思う、何から何まで余すことなく悪いプロットが俺の中にいくつかある。

 

    自分の妻を殺された男が、証拠が不十分と捜査に乗り切らない警察に憤慨し、友人に協力を求め犯人を探す物語。男の友人達は犯人を何度か追い詰めるが、犯人はそいつ達を殺すことで窮地を脱する。怒り心頭の友人達は、捕まえるのではなく俺たちで犯人を殺そうと男に提案するが、男は死ぬことは罪を償うことにはならないから俺たちで捕まえて自首させるんだと友人達に説く。

    いよいよ物語はクライマックス。男と友人達は犯人をついに追い詰めるが、犯人は男の息子を人質にとっていた。もうどうせ逃げられない、俺を追い詰めたお前らが憎い、と犯人は腹いせに男の目の前で人質を殺す。男は亡き息子の元へとかけより、大きな声で泣く。そしてひとしきり泣いた男は、怒りで信念を忘れ、自らの手で犯人を殺す。そして男は捕まる。

 

    …みたいな、本当に救いようのない話、そのうち映画かなんかで公開されないかなあ。目新しくていいと思うんだ。誰か、そういう物語書いてよ。その作品が完成した暁には是非一報いただけると嬉しいです。それでは。