無題

タイトルとか考えるのが恥ずかしい

Rain, later sunny

 

    起きると酷い豪雨だった。窓はガタガタと揺れ、扉の向こうで壁に貼り付けられたトタンがカタカタと音を奏でている。男は本や原稿が無造作に積まれたテーブルの上から軽くなった煙草の箱を取り、そこから一本出すと火をつけた。最初の一口を軽く吹かす。空いた手でテレビのリモコンを取り操作する。いくつかチャンネルを回し、丁度天気予報が放送されているチャンネルで止める。

    時刻は午後4時32分。夕立かと思っていたがどうやら大型の台風が接近しているらしい。テレビを消すと、吸殻で一杯になった灰皿に煙草を押し付け、火を消す。

    冷房の代わりに扇風機を回して寝ていたからか、酷く寝汗をかいておりそれが不快だった。シャワーを浴びようと風呂場へ向かう。服を脱いで洗濯かごよりも高く積まれた衣類の山に投げ捨てる。今日こそ洗濯物を終わらせようとしてたのに、この雨だとな。また先延ばしだ。本当に間が悪い。

    蛇口から出てきた水は、水道管が地熱で温められているのかぬるかった。だんだんと水は冷たくなってきて、それが体の火照りを収めてくれると共に、さっきまで寝ぼけていた男の頭も覚醒していく。

    風呂場から部屋へと戻り、冷蔵庫から発泡酒を取り出し開けようとした。しかし突然携帯が鳴り、阻害される。見ると一件の通知。『6時、派遣』の文字。そうだ、今日は派遣が入っていたんだった。冷蔵庫に開けかけた発泡酒を戻す。

 

    男は小説家を志していた。しかし中々芽が出ず燻っていた。今年こそ何も変わらないままだといよいよ実家に戻って家業を継ごう。なんのきっかけもないけれど、不意にそんな決意をした。

    テーブルの上の灰皿から、先程消したと思っていた煙草の火がしっかりと消せていなかったのか薄く煙を立てていた。それがまるで今の自分を見せられているかのような皮肉に感じた男はなんだか少し笑ってしまった。今しがたの決意を込めるようにその煙草をギュッと強く灰皿に押し付け、火を消す。男は適当な服に着替えると、家を出た。

 

    派遣会社へ着くと、就業先への無料送迎バスが停車しておりそれに乗るようにと指示を受けた。バスに乗り、適当な空いてる席へと腰を下ろす。辺りを見ると、恐らく学生と思われる若者から自分の父親程の老人、同い年位の中年まで老若男女問わず様々な人間がいた。皆それぞれ理由があって今此処にいるのだろう。その理由を物語を執筆するかの如く想像した。例えばあの老人。妻に先立たれただ一人何もせず日々を過ごすうちに自分がどんどん参ってきていることを自覚して、何でもいいから打ち込めることを求めてやって来た。そんな物語を彼は持っているのかもしれない。

    そんなことを考えていると、バスは発車した。窓の外を流れていく景色に目をやる。男は窓から流れていく景色をただぼーっと見ているこの時間が、好きだった。しかし今日は雨で窓の外には水滴が付着しているし、車内と外では冷房のせいで温暖差が生じて窓の内側は軽く曇っていて外が見えづらい。まるで自分の将来のようだ。この雨のせいか、気持ちが少し悲観的になっていて普段なら気にも留めないようなことが気にかかる。

    幼少の頃、将来は野球選手になると夢を語っていた同年代の友人は早々に夢を諦め就職し、結婚して家庭を設けた。今でも時々顔を合わせるが、彼は俺は夢を諦めてしまったし夢を追い続けるお前を応援するなんて言ってくれるが、彼は夢を諦めた訳ではなくて賢明な選択をとったのではないだろうか。そうなると俺は愚かなのか。活字離れが進み出版業界の売上が落ち込んでいる今の時代は、物を書いて食ってくには益々難しくなった。それをわかっていながら夢を諦め切れずにもがき続けているのだから、やはり俺は愚かなのかもしれない。やめよう。そんなことを考えていると更に気が滅入る。もう今日は何も考えないでおこう。

 

    派遣先へ着くと、ロッカールームへと向かい作業着に着替える。少なからず文字を扱う仕事に携わっていたいと始めた今の仕事は、これから出版される本の梱包だ。しかし時たまに、かつて共に夢を叶えようと高めあった物書きの仲間が大成して出版した文庫を扱う時がある。間が悪く今日がそれだ。仲間の成功を嬉しく思うが、反面悔しい気持ちもある。そして今日ばかりは、ずっと気が滅入っているので祝福出来そうにない。俺は無心で朝まで働き続けた。

 

    終業を知らせるサイレンが鳴った。頬を伝う汗を袖で拭いとりロッカールームへも戻る。着てきた服へと着替えロッカールームを出る。外にある喫煙所のベンチに座ると、煙草に火をつけてバスを待つ。携帯を取り出す。一件の不在着信。今世話になっている出版会社からだ。折り返すには少々早すぎる時間かもしれないが、どうせ帰っても夕方まで寝て過ごすので、それなら早い方がいいだろうと折り返しの連絡をいれる。

 

    「もしもし、お世話になっております高本です。着信を頂いていたようですが、派遣の就業中で取れていなかったので折り返し連絡させて頂きました。」

 

    すると、電話口の女性が大きな声で私の担当者を呼ぶ。

 

    「もしもし、お電話代わりました坂口です。高本さん、嬉しいお知らせです。こないだ頂いた新作を編集長が大変気に入りまして。それでですが、我社で冬から新しい文学を出す予定がございまして、そちらの方で連載が決まりました!勿論読者の反応が良ければ文庫本としての出版も考えられます。」

 

    「本当ですか!是非、是非お願い致します!」

 

    「それではまた詳しいことが決まり次第ご連絡します。それまでに新作、書き進めておいてください。」

 

    「わかりました。ご連絡お待ちしております。」

 

    そう言って電話を切った。まだ少し信じられないが、とにかくやった。やってやったぞ。悲観的な気分も吹き飛び、今はやる気に満ち溢れている。帰って続きを書かねば。バスの到着が待ち遠しい。一刻も早く帰って書きたい。手に持っていた煙草はいつの間にか燃え尽き、フィルターだけになっていた。灰皿へと投げ捨てる。気付けば雨は止んでいた。雲間から太陽が射している。どうやら台風が過ぎたようだ。今日はいい天気になりそうだ。