忘れないように

単に記憶力が著しく悪いのか、それとも他に何か原因があるかわからないけれど、年々忘れてしまうことが増えています。その時を生きていた俺が死んでいるような、もう二度と手に入らないものがこぼれ落ちていってるような、そんな気がしてもうこれ以上失いたくないので、日々を書き留めたい気持ちがこのブログです。

物臭

 

    改札を抜けて、地上へと続く階段を上がっていくと徐々に空気が湿度を含んでいく。階段を登りきる少し前に手に持っていた傘を開けようとしたが、どうやら雨は止んだらしい。一度傘を開こうと傘のボタンを外してしまったため、もう一度傘を止めようとしたら、まだ傘は濡れていて手が濡れてしまって凄く不愉快になった。

 

    あらゆる物が恐ろしいスピードで発達していくこの時代に傘はどうして形を変えず昔からこのままなんだろう、なんてどうでもいいことを考えながら歩いていく。

 

    駅を出るとすぐに大きな橋があって、いつもそこを通るとき上から川を泳ぐ魚を見るのが些細な楽しみだったのだが、川は茶色く濁って勢いを増しており見るに値しなかった。

 

   低気圧のせいかは分からないが今日は一日中何をするにもイライラしてしまう。傘を止めるのに水がつくのもそうだし川を見れなかったのもそうだし。これからバイトだということにもそうだし。

 

    橋を渡って少しすると右手に繁華街が続いている。その繁華街の入口に喫煙所が用意されていて、バイトの前は必ずそこに寄っている。喫煙所は仕事終わりでこれから飲みに行くであろうサラリーマンや、大学生の集団、客引きの人間やらで多少混雑していた。

    各銘柄のタバコの煙が混じり合って空気に乗って流れてくるため煙たく、気が悪くなる。しかし、その思いとは反面に紫煙の中をくぐり抜けて灰皿の前に立ち、ひとつ火をつけて、同様に紫煙を燻らせる。ストレスが募る環境で、ストレスを和らげる為の行為をするのはなんだか滑稽だなと思う。

 

    向かいの道に目をやると、雨が止んだからか飲みに出ようとする人達が徐々に増えてきている。俺の勤務先もこの繁華街の一角に位置するので、なんだか今日は忙しくなりそうだなあと嫌になる。目の前の人の流れが益々勢いを増していく度に嫌な気持ちが募るので、いっそ目を背けるとその先にはどこからか数匹の鼠が現れた。

    この繁華街はタバコの吸殻や飲食物のポイ捨てで綺麗とは程遠く不愉快ではあるが、鼠達からすればとてもいい環境なのだろう。台風で増水した川の水が鼠達が普段過ごす下水管の中へと流れて、それで彼らは下水管の外へと一時的に避難してきたんだろう。

 

    幼少期のとある一件から齧歯類が苦手な俺は姿を見るだけで気分が悪くなったし、挙句の果てになんと目の前で交尾を始められた。本当に気が滅入る。どこを見てもそこになにかしらの不愉快がつきまとってくる。仮病でも使って休んでやろうかという思いが脳裏を過ぎる。しかし少数で回している店の為、自分が休んだときのことを想像すると、とてもじゃないが他の店の人間に悪い気がしてそれは出来ないなと思い留まった。

 

    煙草を持つ2本の指に若干の熱気を感じたので、目を見やるとすぐそこまで灰になっていた。慌てて灰皿に灰を落とそうと手を動かすと、突然少し強い風が吹いて灰は散り散りになって舞い上がり、目に入ってしまった。

 

    その瞬間にもう全てが嫌になった。なんでこんなにも嫌なことが重なるんだろうか。いっそこの過ぎ去って行く台風がここからもう一度勢いを増して全て吹き飛ばしてくれないだろうか。その時は台風が過ぎ去った後の空のように、少しは晴れやかな気持ちになれるだろうに。そんなことを考えながら見上げた空はまだどんよりと重く澱んでいた。