忘れないように

単に記憶力が著しく悪いのか、それとも他に何か原因があるかわからないけれど、年々忘れてしまうことが増えています。その時を生きていた俺が死んでいるような、もう二度と手に入らないものがこぼれ落ちていってるような、そんな気がしてもうこれ以上失いたくないので、日々を書き留めたい気持ちがこのブログです。

 

 目を覚ますと、昨日の酒がまだ残っていた。完全に二日酔いだなと思って、昨日のことを後悔した。飲みすぎたことに対してではない。そこに至るまでの過程を悔やんだ。

 

  昨日は2年ぶりの友人に会っていた。毎年、年明けに帰省してきた時には必ず連絡をくれるのに、去年はくれなかった。もしかしたらもう会えないのかもしれないと思っていた。だから会えて嬉しかった。よく行く居酒屋で飲んだ。近況の話から始まって、最後は思い出話に花を咲かせていた。本当に楽しくて、この時間がずっと続けばいいのにと思った。しかし、楽しい時間はずっとは続かない。楽しいことも、無理に引き伸ばせば楽しいものではなくなってしまう。俺はそれをわかっていた。だから、楽しいものが楽しいものである内に、自分からそろそろ帰ろうかと告げた。

  帰り道、自分はやっぱりまだ楽しいことを求めていた。よく行くバーの前を通った時、新年の挨拶がてらと無理に理由を作ってそこに訪れた。今入ると、終電を逃すことはわかっていた。弟に迎えを頼むつもりだった。何かすることに無理に理由を作って自分を納得させるのは俺の悪癖だ。もう1人の自分が、今それはしなくていいことだ、と俺を引き止めるから、無理に理由を作って納得させる為だ。決まって、帰り道にはもう1人の自分を聞いておけば良かったなと思うのに、同じことを繰り返している。

  バーでの時間は楽しかった。一応、本当に少し飲んで帰るつもりではいたが、酒が進んで気付けば3時間も経っていた。ふらつく足で店を出て、弟に迎えを頼もうと電話をしたら、仕事で夜勤だから行けないと言われた。仕方がないので目の前のタクシーに乗ろうとしたが、財布の中はすっからかんだった。カード支払いはできますか、と聞くと、タクシーの運転手は現金だけなんですと答えた。他のタクシーが来るのを待つのも面倒だったので、途中どこかコンビニで停めてもらってお金を降ろせばいいだろうと深く考えずにそのタクシーに乗り込んだ。20分ほど走って、家の近くのコンビニで停めてもらってお金を降ろそうとしたが、銀行が対応時間外だった。親に電話して理由を説明してすぐ返すから一旦タクシー代を貸してくれと頼んで、家に着いて親に払ってもらった。

 

  それが最後の記憶で、今に至る。記憶を無くすほど泥酔していたのに、自分の姿を見ると服だけはしっかりと部屋着に着替えている。枕元の携帯を取って、ぼんやりとSNSを見ていると、去年授業で少し仲良くなった大学の後輩の投稿で今日から学校か始まっていることを知った。今日が何曜日かもわからないので、カレンダーを見ると木曜日だった。木曜日はたしか授業があったな、とスケジュールを確認すると、1時間目から授業がある。時刻は既に8時半過ぎ。1時間目に行くには8時には家を出ていないといけない。2時間目は授業を取っていなくて、3時間目の授業から行くことに決めた。着替えるのも億劫だったので、部屋着のスウェットのまま、上の服だけ着替えて行くことにした。歯を磨こうと洗面所に行くと、鏡に映る自分の姿、特に寝癖のついた頭があまりに情けなかったので、髪だけ丁寧にワックスでセットしてから家を出た。

 

  駅に着いて、電車に乗ると、他の乗客はみんなちゃんと身だしなみを整えた綺麗な格好をしている。パーカーにスウェットという、だらしない格好をしているのは俺だけだ。空いている席のなるべく端っこに小さく肩を丸めて座った。恥ずかしい。知らない人達だけれど、今の自分の姿を見られたくないと思った。トンネルに入って、黒くなった窓に自分が写る。だらしのない格好なのに、髪だけがしっかりとセットされているのが、不自然だ。少しだけ人からよく見られたいという自分の浅ましい気持ちが見透かされそうな気がして、慌てて手ぐしで髪を崩す。

  終点の駅について、外へ出ると沢山人がいた。サラリーマンが多い。もう正月なんてとっくに終わっていることにやっと気が付いた。そう言えば、昨日、弟も仕事中だったから迎えを断られたことを思い出す。すれ違ったサラリーマンは、歳がかなり近そうだった。本当なら、俺だって今頃あんな風になっていたはずなのに。24歳にもなって、未だに卒業出来ずに学生のままの自分はどれほど時間を無駄にしているのだろう。

 

  最近、今まで頑張って手にしてきたものが、どんどんと零れ落ちていってるような感じが拭えない。同い年の友人は既に社会に出ているどころか、弟ですら働いているというのに。今の自分はなんだ。未だに学生のままで、楽しい事だけを求めて毎日遊んでばかりで、挙句の果てに親に金まで借りて。このままだと、俺はどうなるのだろう。毎日毎日何かを失って、終いには何も無くなってしまう。既に俺はどれほどの物を失っていて、この手に残るものはあとどれほどあるのかさえわからない。全てを失ってしまう日が、いつ訪れるのかさえわからない。少しでも気を紛らわそうと、すぐ側の人気のない道に入って、タバコに火をつける。ゆっくりと吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 

  口から出た白い煙は、空に登って薄くなって消えていく。煙を掴むことは出来ないと知っているのに、何故か俺は消えゆく煙に手を伸ばした。掴もうと握ったその手を避けるように、煙は形を変えて空へと登っていった。そして、薄くなって消えた。