忘れないように

単に記憶力が著しく悪いのか、それとも他に何か原因があるかわからないけれど、年々忘れてしまうことが増えています。その時を生きていた俺が死んでいるような、もう二度と手に入らないものがこぼれ落ちていってるような、そんな気がしてもうこれ以上失いたくないので、日々を書き留めたい気持ちがこのブログです。

R4.5.10

 

    時刻は午前7時前。前日22時からの夜勤もあと10分ほどで終わるという頃に、しかめっ面をしたおじいさんがレジに新聞を1部持ってやって来た。マニュアル通りの挨拶を済ませてから、レジの画面から朝日新聞(¥160)を選択して、お客様側の画面から支払い方法を選択して支払いを済ませていただくように案内する。おじいさんは現金支払いを選択して、自動レジへと5000円札を投入する。いつもならここで確認ボタンを押してもらうと、自動で精算が済んでお釣りのある場合はお釣りが出るようになっている。

 

    確認ボタンをお願いします。そう言おうとする前にピーッと音が鳴り、こちら側に見えている画面にエラーの表示がされる。何故かはわからないがよく5000円札だけレジに詰まることが多く、こういうエラーが起きた場合は一度レジを出てお客様側に見えている画面から操作をしてレジの復旧作業に努めなければならない。

    退勤前にどうしてこんなことを。そう思いながら一度レジを出てお客様側から見える画面からレジ復旧作業へと入る。この時体が無意識に「申し訳ございません、少々お待ちください」と言葉を発していて、このバイトも始めてからもう1年も経つんだなと思っていた。

 

    レジの復旧作業は時々やっていて慣れているので、いつも通りに手順を済ませてレジ復旧確認ボタンを押すと、画面には「レジ復旧不可」の文字が表示された。この時、既に一瞬パニックに陥りかけたが、機械のことだからそんなこともあるだろうと思って、もう一度レジ復旧作業の手順を踏み直してレジ復旧確認のボタンを押したが、レジは復旧しなかった。頭が真っ白になりそうになるが、まだどこかに見落としていた札詰まりがあるのだろうと思い、「申し訳ございません」と言いながら再度レジ復旧作業へ取り掛かろうとした。すると、

 

    「もう立て替えしてくれ!こっちも会社に行く時間があるんだ!」

 

    と、怒鳴られた。この時点で頭は真っ白になった。落ち着いてやればできるはずのレジ復旧作業もできなくなれば、体が覚えていて意識しなくていても出る接客マニュアル通りの言葉すら出てこなかった。レジ復旧作業に務めているフリをしながら(実際は頭が真っ白だったのでただレジ内部を開けて見ているだけだった)、1分ほどの時間を要してから「少々お持ちください」とだけ言って事務所にいる社員に助けを求めに行った。

    それから社員と同期のバイト友達の助けによって問題は解決したが、俺の心臓は終始鼓動が早くなっていた。他意はないとわかっている他人の行動に恐怖を感じるのは本当に辛いし、しんどい。

    社員と同期の友達には「泣きそうだった」と言って心配させないよう自虐気味に笑って言って見せたが、本当のところかなり辛かった。

 

   退勤を済ませ、その件を自虐気味に話しながら同期と店を出たが、俺の病気、うつ病を理解してくれてる同期の優しさの言葉に申し訳なさと辛さでいっぱいだった。

 

    本来ならば、今日(R4.5.10)も授業が入っているので、一限と二限だけだけれども夜勤終わりとはいえ頑張ろうと思っていたが、一気にその気がなくなってしまった。とは言え、ここで家に帰って寝て嫌なこと全て忘れてしまおうとしたら、いつまで経ってもだらしのない俺のままでいる気がして、勇気を出して改札を抜けて家とは反対方向の学校の方へと向かう電車が到着するホームへと向かった。

 

     ホームに降りてからしばらくしてから来た電車に乗って、終点駅で降りてから途中にあるコンビニの前の喫煙所で一度気持ちを落ち着けてから、乗り入れ先の別の路線の改札へと続く階段を下った。この時、周りに人がたくさんいたことで、恐怖感と不安な気持ちに襲われていた。

 

    階段を下って改札が見えると、途端に不安が強くなった。この改札を抜ければ、電車に乗って学校の最寄り駅で降りてたくさんの知らない人に囲まれて授業を2個も受けなければいけない。そう思うと中々改札をくぐれずに、改札の近くの柱に寄りかかりながら、改札の方を見て、自分で自分の頭、こめかみの部分を殴りながら自分を奮い立たせていた。こんな所誰にも見られたくないけれど、誰か今のこの俺の異様な様子に気付いて勝手に俺を助けてくれ。そう思ったけれど、無情にも周囲の人は俺を一度チラッと見ては素通りして行った。

 

    そのまま10分ほど挙動不審なままでいて、仲のいい友人に今の状況を連絡することで一度冷静さを取り戻してなんとか改札を抜けることが出来た。電車を待っている間、周囲の人がどんどんと増えていくにつれて鼓動が早くなり挙動不審さが増していったが、友人と連絡をリアルタイムに取り合うことでなんとか冷静さを保てていた。

 

    電車に乗って学校の最寄り駅に近づくに連れて、さらに鼓動は早くなっていた。逃げ出したい気持ちが強くなっていた。しかし無情にも電車は目的の駅へと近づいていくし、乗ってしまった以上途中の駅で降りて引き返すという選択肢は俺にはなかった。

 

    降りる駅に着いて、改札を抜けて駅から出て学校へと歩いて行く。学校の門の前の横断歩道の信号を待っている時このままずっと赤信号が続いてほしかった。或いは警備員のおじさんが俺の異様さに気付いて声をかけて欲しかった。しかしその願いは叶わず、俺の体はどんどんと学校の内へ内へと近づいていく。何度も途中立ち止まったが、ここまで来たのに帰ってちゃ意味ないだろと自分を叱りつけて、無理に体を動かした。しかし、やはりどうしても恐怖感や不安を拭いきれなかったので、そのまま学校を抜けて最寄りのコンビニで缶チューハイのロング缶を買って人目につかないところで飲み干した。酒が飲みたかったわけではない。ただ、少しでも酔って気を紛らわすことができればいいと思っただけだ。人目につかないところへ移動したのは、今の自分を誰にも見られたくないからと思ったからだ。助けてほしい気持ちはあるのに、人目のつかないところに赴くなんてひどく矛盾している。あまりに滑稽だ。

 

    飲みたくもないのに飲む酒は不味かった。でもその分アルコールはいつもより回っている気がして、500mlの缶を飲み干した後にニコチンを取り入れることでブーストをかけた。自分は一体何をしているんだろうと悲しくなった。

    まだ授業の開始までに時間の余裕があったので近くの牛丼チェーン店で腹いっぱいに飯を食べた。美味かった。こんな時でも飯は美味く感じれることにまだ少しばかり余裕が残っているんだなと気付いて頑張る気持ちになれた。