ある1人の男の話
ある所に1人の男がいました。その男には悩みがありました。それは年々自分がどういう人間かわからなくなってきていることです。男がこれまで生きてきた人生は決して華やかというものではありませんでしたが、そんな中にも僅かに本当に心から楽しい期間が少しばかりありました。 男はその頃の自分があるべき自分の理想の姿、或いは自然な姿であるという気がしてなりません。そして、その頃の自分と現在の自分を比較しては、日を追う事に生きづらさが募っていくのでした。
いっそ死んで楽になりたい。そんな安直な考えがいつも男の脳をよぎりますが、何かをきっかけにこの先また楽しい時間が待っているかもしれないという希望を捨てれずにいて、楽な方に流されるなと自律しています。
男は25歳にも関わらず、未だに大学生です。同窓の友は既に社会に出て頑張っているという事実が男を焦らせます。一刻も早く遅れを取り戻さなければと男は思いますが、目の前のやらなければならないことができません。その理由は男にもわかりません。やりたいのにできない、そしてその理由もわからない。この2つの事実が更に男を苦しめます。男はそれなら他のことを上手くやってバランスをとろうと考えました。
ですが、男は何をしたらいいかはわかりませんでした。とりあえず思いつく限りの自分の好きなことをしてみましたが、どれもしっくりきません。男は頭を抱えました。次に自分が何をすればいいかわかりません。考えに考えた結果、今自分が抱えている悩みを少しでも解消すれば少しは気楽に生きれるんじゃないだろうかと気付きました。人格形成は他者との交流の中で育まれるものです。男は失いつつある昔の自分を取り戻す為、或いは今の自分を知るため友人達に会おうと決めました。
たまに会う昔の友人を除いて、最近男が頻繁に交流を持つのは週に2、3回ほど勤務するバイト先の人達でした。一旦、学業に集中するため遠のいていたバイト先は、久しぶりに戻ると新しい人がたくさんいました。男は新しい人達と以前から知っている人達が仲良くしている輪にうまく馴染むことができませんでした。自分の居場所の1つだと思っていたところが、なんたが落ち着かない場所になっていて、男は少し悲しくなりました。さながら浦島太郎の気分の男は、それでももう一度ここに居場所を作ろうと強く思いました。
男は積極的に話しかけようとしましたが、うまく言葉が出ませんでした。何を話せばいいかわかりませんでした。唯一男に出来たことといえば、話しかけられた時にだけ対応するということでした。以前の自分なら容易に出来たことが出来ない今の自分が本当に嫌になって、男は悔しくて情けない気持ちでいっぱいです。今の自分はこんな風になっていたんだと気付いて、もうこのままでいいやと諦めかけました。
毎日頭をよぎる死にたいという気持ちが一層強くなりました。しかし同時に、その気持ちを封じ込めようとするもう1つの気持ちも大きくなりました。ここで死んでたまるか、乗り越えてやる。男はそう思って奮い立ちます。男は諦めだけは悪いのでした。無様だっていい。ひどく不器用な自分だけれど乗り越えてやる。その為にはもう少し力を溜める期間が必要ですが、それでも男は足掻きます。きっとこの先何度失敗しようと足掻きます。足掻き続けます。今はまだ、この男の未来がどうなるかはわかりませんが、もう少し見守って見ましょう。そしてまたいつかこの男の話の続きを語りましょう。それではまたいつか。